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小さな世界の外側で ~第35話~ [小説:小さな世界の外側で]






 全身を朱に染めて、ハナが立ち尽くす。静寂がトワイエを覆った。言葉を発する者も、動く者もいない。
「・・・どうして」
 ハナが膝から崩れ落ちた。物言わぬ物体となった兄を、そっと抱き寄せる。
「こんなこと、しなくてよかったのに。私は最初から、全部お前に譲るつもりだったのに。・・・なんで、殺し合ったんだろうな。」
 自分はただ、この小さな世界の外側に行きたかっただけなのにと、ハナは言う。ハジを抱く腕が、かすかに震える。
「ごめんな、兄さん。」
 そう呟くハナの瞳は乾ききっており、涙はない。
「・・・泣けばいいじゃないか。」
 ジョンが控えめに言うと、ハナは小さく首を傾げた。
「泣く・・・?そうか、人間はこういう時に泣くんだな。魔物は涙を流さない。涙の意味も分からない。」
 ジョンは息を飲んだ。想像もしていないことだった。
「私の攻撃は、ハジに完全に見切られてた。だけどハジは避けられなかった。・・・お前が私を庇った意味が、分からなかったからだと思う。」
 魔物は普通、利他行動をしない。だから人間のそれが、衝撃的だったのだろうと。ハナが語る魔物の性質が、ジョンにはとても悲しかった。
「なんでお前が泣くんだよ。」
 そう言われジョンは、自分が泣いていることに気づいた。慌てて顔を伏せ、涙を拭う。
「お前が泣かないから、代わりに泣いてるだけだよ。」
 ハナはかすかに笑った。
「涙を流せる人間が、ほんの少し羨ましいな。」
 ハナの腕の中で、ハジの姿がぼやけ始めた。数十秒でハジは黒い霧に変わり、吸い込まれるように消えてしまった。ハナの手の中には、小さな黒い鏡が残った。
「それは?」
「闇の魔境。ハジが盗み出した、王家に伝わる秘術の源だよ。これに魔力を吹き込むと、増幅してくれるんだとさ。・・・これを使った者は死後、鏡の魔力の一部になる。」
 ハナは立ち上がり、鏡を頭上高く掲げた。そのまま、思い切り地面に叩きつける。さらに、ヒビの入った鏡を踏み砕き、粉々にしてしまった。
「・・・いいのか?」
 唖然としている3人を代表して、ダルが問う。
「いいよ。こんな危なっかしい物、ない方がいいだろ。」
 ハナは先程とは一転して、晴れ晴れとした表情になった。それでも、どこか物悲しげではあったが。
「ジョン、お前は元の世界に帰るんだろ。禁断の地は、すぐそこだ。」
 ハナが歩き出す。ジョンはついて行こうとしたが、解決していないことがまだあることに気がついた。
「なぁ、ハナ。」
「うん?」
「この世界は、どうするんだ。」
 ハナの足が止まった。ハジが亡くなり、トワイエを統治する者はいなくなってしまったのだ。この世界を鳥籠と呼び滅ぼそうとしたハナが、王位を継ぐことはありえない。
「・・・ほんとだ。どうしよう。」
 ハナが振り返り、視線を彷徨わせる。その瞳が、ある一点で止まった。
「なぁライオン。」
 呼ばれたテイラーは無言のまま、視線だけで応じた。
「お前、王にならないか。」
 いとも簡単に、ハナは言い放った。テイラーの目がわずかに見開かれる。
「なんだと?」
「お前がここを統治して、魔物のトップに立てばいい。それで人里を襲わないようにさせれば、街の人間だって助かるだろ。私も自由になれる。」
 とんでもない提案だが、理にはかなっていた。3人の視線がテイラーに集まる。
「よそ者が突然王になるなど、民衆が受け入れるはずがない。」
「大丈夫だよ、私が一旦即位して推薦するから。女王の命令って言っちゃえば問題ない。はい、決定。」
 半ば強引に、テイラーの即位が決まった。
「街が平和になったら、商売上がったりだな。ある意味、嬉しい悲鳴ってやつだ。」
 ダルが嬉しそうに言う。テイラーは、もうどうにでもなれといった態度だ。
「じゃあ解決したところで、行きますか。」
 4人は軽い足取りで、禁断の地へ向かった。






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タグ:小説

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